2005年06月24日

・第2次日韓協約、南北が「無効」

MSN-Mainichi INTERACTIVE
  北朝鮮南北閣僚級会談:民族協調をアピール 「対日歴史認識」も共闘
 【ソウル堀山明子】韓国と北朝鮮による第15回南北閣僚級会談は23日、南北の首席代表が共同会見で並んで合意文書を発表し、民族協調をアピールする場となった。韓国側は「昨年夏から中断していた南北関係の正常化だけでなく、核問題解決に向けた南北対話の有効性を確認した」と会談の意義を強調しており、米中が主導権を握ってきた6カ国協議の力学にも微妙な影響を与えそうだ。(2面参照)

 共同会見後、韓国側協議筋は合意文で確認された「核問題の平和的解決に向けた実質的な措置」との表現について「6カ国協議が再開され、北朝鮮の関心事項をめぐる協議が順調に進めば、核廃棄に向けた措置を取るという意味だ」と述べ、核廃棄に向けた一歩であると解説した。合意文では直接、6カ国協議には触れていないが、北朝鮮の前向き姿勢を韓国側がPRした形だ。

 北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記は17日、鄭東泳(チョンドンヨン)統一相との会談で7月中にも6カ国協議に復帰する可能性を言及したが、韓国側は今回の会談では「合意文で無理をして会談の雰囲気を悪化させない」(韓国政府筋)との戦略を取り、核問題については会議の冒頭で金総書記の発言を確認しただけで突っ込んだやりとりは避けた。

 南北関係では10項目もの合意にこぎつけ、経済、農業、水産、離散家族再会など各種分野で具体的な日程を文書に明記した。ただ、両国軍の将官級会談については「双方の軍事当局が協議する」と盛り込んだだけで、日程は決まらなかった。

 韓国側は今回会談を「南北関係を一段階高い次元に発展させる出発点」(鄭統一相)と意義付け、円卓テーブルで会談するなど友好ムードを演出した。12月までの南北会談日程が詰まったことにより、米国国内にくすぶる対北朝鮮制裁論をけん制する形となった。

 一方、民族協調が基調となった会談は、日本の歴史認識問題でも南北が共闘する形になった。合意文書に明記された1905年の日韓保護条約(第2次日韓協約)が無効との主張は南北の一貫した政府見解だが、条約100年の節目をとらえ、あえて歴史認識の共通性を打ち出した。伊藤博文を1909年に殺害し、南北でともに英雄となっている安重根の遺骨発掘調査を共同で推進することや、靖国神社にある「北関大捷碑」返還に向けた協力も盛り込まれた。


asahi.com
 :100年前の第2次日韓協約、南北が「無効」で共同歩調
 1905年に日本と当時の大韓帝国の間で結ばれた第2次日韓協約(乙巳(ウルサ)条約)について、ソウルで24日まで行われた南北閣僚級会談で、韓国と北朝鮮が「無効性」を確認したことは、日韓の歴史認識摩擦をさらに複雑にする可能性がある。協約は、その5年後の韓国併合条約、植民地統治のもとになったため、日本が「国際法上有効」との立場を取り続けるからだ。

 「無効」は、23日夜に南北が発表した共同報道文に盛り込まれた。同協約は1905年の日露戦争の勝利後、日本が韓国の皇帝・高宗に調印を迫り、外交権を奪って保護国化した。65年締結の日韓基本条約では、あえて1910年以前の日韓の協約などの有効性はあいまいにされた。韓国の学界レベルでは「不法・無効」との見方が根強く、先の日韓歴史共同研究でも日本側と見解が対立していた。
posted by じゅりあ at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆ 瓦版の巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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