2005年06月20日

・ベトナム・癒えぬ傷:枯葉剤はいま/中

MSN-Mainichi INTERACTIVE ベトナム
 ベトナム・癒えぬ傷:枯葉剤はいま/中 生態系の影響、残る懸念

 ◇“回復”マングローブ杯

 生い茂る緑のマングローブ林が一面に広がる。メコンデルタの北東部に接し、ホーチミン(旧サイゴン)市の中心部から南東55キロに位置するカンザー地区内の森林公園。約2700ヘクタールの園内にはワニ園のほかに800匹以上のサルが生息する。

 ベトナム戦争当時、米軍機はこの一帯に枯れ葉剤を大量に散布した。米軍に対抗した南ベトナム解放民族戦線の出撃拠点があったからだ。

 「ここは1・5メートル先も見えないほどマングローブが茂っていたんだ。それが枯れ葉剤の散布で林は跡形もなく消えたよ」

 今は公園のガイドを務める元解放戦線兵士のグエン・バン・タンさん(61)は言う。この地で生まれ育ったグエンさんによると、林は約7万5000ヘクタールの広さがあった。米軍はこの林を旧サイゴン周辺の施設などを襲う解放戦線の出撃拠点とみた。林を丸裸にすれば拠点をたたけると計算し64〜68年に枯れ葉剤の大量散布に踏み切った。

 枯れ葉剤被害調査国内委員会の代表を務めたレ・カオ・ダイ医師(故人)が著した「ベトナム戦争におけるエージェントオレンジ」によると、散布された森林の総面積は310万4000ヘクタールで、ベトナムの森林全体の約18%を占めた。最も大量に散布された森林の一つがカンザー地区だった。

 グエンさんは、砂漠と化したこの地で戦争終結3年後の78年から始まったマングローブの植林作業を見守ってきた。毎日約3000人規模の作業は3カ月間にも及んだ。そして、80年までに半分近い3万8000ヘクタールの林が復活。その後も、順調に回復し、公園は95年にオープンした。

 「20年前に父に連れられ、ここに初めて来た時、植林されたマングローブの背丈は低かった。父は、今の林は昔とは違い、人工的なものにすぎないと話していた」。通訳のグエン・ニット・ミンさん(27)はそう言って、生態系の変化への影響を懸念する。

 一見、元通りになったように見えるカンザー地区。公園の一角には、解放戦線の兵士1000人のうち860人が戦死したことを記した慰霊碑が建つ。68年にあった北ベトナム軍と解放戦線のテト(旧正月)攻勢に対する米軍側の報復による犠牲者が大半だ。碑は悲惨な戦争のつめ跡を今も残している。【沢田猛、写真も】

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 ■ことば

 ◇南ベトナム解放民族戦線

 南ベトナム(当時)の弾圧に対し、60年にベトナム南部に結成された抵抗組織。北ベトナム(当時)の支援を受け、祖国の平和的統一などを綱領に掲げた。75年4月の旧サイゴン(現ホーチミン)陥落まで米軍側に大きなダメージを与えた。

毎日新聞 2005年5月8日 東京朝刊


posted by じゅりあ at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆ 瓦版の巻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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